主役とは何か

自分の人生の主人公は、間違いなく自分です。となると他人は否応なく「自分という人生のための脇役」として位置づけられます。

子供を持つと実感するのですが、子供を愛しながらも、その存在は「自分の人生を物語るもの」となっていくのです。しかし当然ながら子供の人生の主役は子供であるわけです。そうなると二人の主役が衝突を起こし、物語は波乱へと向かっていきます。

親子の確執はテーマが大きすぎますが、僕のように自我が強い人間であればなおさら「主役」という観念を理解しておく方がよいと思います。つまり他人の人生の主役はその人なのです。

これを敷衍させるといろいろ考え直すことができます。たとえばコミュニティやサークルです。我々は自分がやりたいことにマッチしたサークルを探します。それは学会であっても同じです。自分が発表したいテーマに近い学会に通い、そこで発表を行います。

基本的に学会は「ウェルカム」です。しかしそれゆえに、そこを「自分が主役」とばかりに「学会と無関係なこと」を持ってくると問題が生じます。学会の主役は学会そのものであり、そこから生じる物語が存在します。そこに自分の物語をぶつけると、やはり混乱が生じます。

我々は「自分の物語」を受け入れる「場」を求めます。それゆえに「場」を見つけたら、自分用にオーダーメイドしたくなるものです。ですがあまりにもかけ離れた物語であれば、馴染めないことが起こるでしょう。それゆえに「他人が主役の物語の中で、自分が何を期待されているか」を第一に考えねばなりません。

そんなわけで、日本フランス語教育学会に出る以上は「教育学会の物語」に即して発表を行おうと思い、プロジェクトチームで調整中です。自分の言いたいことは、発想が近い国際文化学会で語ります。そしてもっと自分をストレートに出せるVERBEをWEBマガジン化する計画も進めねばなりません。自分を中心として仲間を募り、物語を提示する場を作ることが、もっとポピュラーな選択肢になると面白いですね。

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