何に結びつけるかを考える

期末試験の季節です。学生の多くは「単位のため」に勉強します。その省エネぶりは立派なもので、短時間に最小限の力で突破することを心がけます。実に効率的な勉強法です。

効率的に単位が取れる勉強法は「役に立つ」のかもしれません。しかし単位は何の役に立つのでしょうか。卒業の役には立ちそうです。しかし他者が規定した単位の数にどれほどの意味があるのかわかりません。

ですが、そもそもそういう傾向を生んでしまったのは我々大学人の方ですので、批判は己に向かうべきです。そこで自分の教科について考えてみます。

自分の教養科目(プルースト)に関しては、学生の将来との繋がりを明確化させています。学生は単位のために勉強するかもしれませんが、それはイコール自分の分析であり、生きる力を獲得することに繋がります。この講義は特に問題ありません。

次に基礎ゼミです。こちらは昨日も紹介したように、スポーツ推薦生の人生に深く関わるタスクで構成されています。学生はもはや単位のために学んではいません。

残るはやはりフランス語です。フランス語を日常的に使用することのない日本社会において、フランス語と学生の人生の結びつきこそが大きな課題として残ります。

これに関する見解は、「フランス語教育とジェネリックスキル」「フランス語教育における雑談・脱線の意義」といった議論ですでに世間に問いかけています。しかし今にして思うのは、フランス語を「フランス語以外」に接続しようとする際に生じる膨大な労力です。本来、フランス語はそれ自体を学習目的とすべきであり、「フランス語と日本社会を生きる力の接続」といった議論には無理が生じて当たり前です。

そうなるとやはりフランス語を使用せねばならない環境の整備が求められます。そこで今更ながら思い至るのは「専修」の強さです。フランス語での文献読解、フランスを研究対象とする調査など、フランス語習得が学問を続けていく上での条件となっています。ここを押さえられる教育機関は、やはりとてつもなく強いです。

となると我々「専修を持たざるもの」に求められるのは、専修以外の学生をフランス語文献・フランス社会につなげることです。このような研究目的が存在することで、学生のモチベーションに影響が与えられます。「専門の外」という条件で、いかにして学生の関心を「フランス(語)の研究」に結び付けられるかが課題となります。読書会・勉強会などはその古典的な手法ですが、専門の外から学生にフランス(語)研究を提示し、それがそのまま彼らの専門研究に役立っていく(テーマの一つとしてチョイスされる)ような方法を模索しています。その鍵を見つけに明日から富山出張です。